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妖精の騎士1
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皇太子には隣国との姫との婚約が噂されるようになった。
隣国ザシャハール国は鉄工業が盛んで、武力に秀でている国である。
我が国の武力も弱くはないのだが、互いに交戦するとなると双方ともに多大な損失が予想される。それ故に姫との婚姻は非常に有効な手段と考えらえている。
その噂の隣国の第一王子と姫が来訪したということで、王宮で夜会が催されることとなった。
私ことシエラ・ラドシールも公爵家令嬢ということで、婚約者のノアと共に参加する事となった。
・・・宴は苦手である。
沢山の人に囲まれ話すことも・・・過去のトラウマにより王宮で食べ物を口にすることが出来ないということも苦手だと感じる一因であろう。
「シエラ殿、お久しぶりです。」
そう声をかけられて振りかえると、主賓であるザシャハール国第一王子ガリブ・ザシャハール殿下と妹姫のファリハ・ザシャハール殿下が薄桃色の酒精の入った杯を片手に近づいてきた。
「お久しぶりです。ガリブ殿下。
はじめまして、ファリハ殿下。
ラドシール公爵家長女 シエラと申します。
紹介いたしますわね、こちら、私の婚約者のノア・カーライル様です。
どうぞ私共々、どうぞよしなにお願い申し上げます。」
ニコリと微笑みつつ、腕を絡めていたノアを紹介する。
ノアもいつもの人好きのする笑顔を浮かべつつ、挨拶を交わす。
・・・ガリブ・ザシャハール殿下も苦手である。
褐色の肌に蒼天の青の瞳、白髪というザシャハール王家の特徴を見事に引き継いだ体格のいい王子は宴の度に、執拗に飲み物や食べ物を勧めてくるのだ。
やんわりと、失礼のないように断るのだが、それでもこれは美味しい、これは味がどうのと、まるで餌付けでもするかのように口に運ぼうとするので、いつも父の背に救けを求めたものである。
それにものすごく他人との距離が近い。
息のかかる距離と言えばわかるであろうか、美男子で地位もある彼が女性にそのような態度でいると、好意を持たれていると勘違いされるのではないかと心配になるのだが、そこは上手く躱しているのだろうか。もしくは、これ幸いと美味しく頂いているのかどうかは分からない。
社交辞令を交わしているガリブ殿下とノアを眺めていると、ガリブ殿下の傍らにいたファリハ殿下と目が合った。
はじめてお会いしたファリハ殿下は兄王子と同じ色彩、出るとこは出て、引っ込む所はひっこむという、女性として非常に羨ましい美女であった。
同い年だとは思えない、どうしたらこんなにも妖艶に育つのかしら?と、不躾にならないように気をつかいつつ、ついついその麗しい姿に魅入ってしまう。
つい、とファリハ殿下が手にした扇子で口元を隠すように囁きを寄越す。
-内密でご相談したいことがあります。少しお時間を頂けないでしょうか。どうか御一人で奥の個室に来てもらえませんか?-
内々では婚約が決まっているという皇太子の相談であろうか。
元婚約者である私に、なにか聞きたいことがあるのだろうと思いつつ、頷きを返す。
宴も後半になり、緩慢な空気が漂い出した頃、ファリハ殿下が目配せをしてきた。
隣にいたノアにお花を摘みに行ってきますと声をかけ、そっと会場を離れる。
部屋にたどりつくと、ファリハ殿下はまだ来てはおらず、燭台の灯りのみが揺れるばかりであった。
長椅子に身を沈めつつ、しばしの休憩をとる。
宴は苦手である。
終始刺さるような視線を感じるし、むせかえるような香水の香りも苦手だ。
幼い頃から父が極力参加しないよう、参加しても早々に帰れるよう手配しくれていたものだ。
本来ならば、人脈を広げるべく努力するべきなのだろうが、それすら出来ない自分の不甲斐なさに泣けてくる。
しばしの間、物思いに沈んでいるとカチリと音を立てて扉が開く。
ファリハ殿下、と思い腰を上げると入ってきたのはガリブ殿下ただ一人であった。
とたん脳裏で警鐘が鳴る。
まずいまずいまずい。
・・・警鐘が鳴りやまない。イヤな予感がして仕方がない。
「ファリハ殿下は・・いかがしたのでしょうか・・?」
内心の動揺が出ないよう・・願いながら問う。
「ファリハは来ないよ。美しい妖精姫に用があるのは僕の方だ。・・・用心深い妖精は絶対に一人にならないからね。ファリハに頼んだんだ。」
ニコリと無邪気に言うが、徐々に距離を詰めてくるガリブ殿下に恐怖しか感じない。
「ねぇ、シエラ殿、僕は待ったのだよ?
君とディートハルト殿の婚約がようやく解消されて・・・ようやく美しい妖精姫を攫っていけると思ったのに、隣に男を連れてくるなんて、なんて意地悪な妖精なんだろうね。」
なんとか手を逃れて、扉へ近づこうとするが、ガシリと大きな手に捕まれてヒィ、と悲鳴が出た。
「は、離して頂けますでしょうか。私には婚約者がおりますので・・・」
掴まれた腕を振りほどこうとするが、どんなに抗おうと手を放してくれない。
「シエラ殿、僕の国に行こうよ。たくさん贅沢させてあげるし、たくさん愛してあげるよ。
君の婚約者は元護衛なのだろう?そんな身分の者に君を嫁がすなんて、君の父君はなにを考えているのだろうね。
君のように美しい者は、僕のような高い身分の者に愛されるべきだと、そう思わないかい?」
なにを言っているのか分からない。
狂気を孕んだような瞳に恐怖心しか湧かない。
「ノアは・・・ノアは私の大事な者です。身分が低いとか関係ありません。
私はノアと共に生きていきたいのです。」
キッと睨みつけながら、ノアへの侮辱に抗議する。
「へぇ・・・そういう表情もできるんだ。
君はなにも食べようともしないし、本当に妖精なんじゃないかとずっと思っていたんだ。
ねぇ・・・もっと他の表情も見せてよ。」
そう言いながら引き寄せようとするのを必死に抵抗するが、力の差が大きすぎて、引きずられるようにして抱きすくめられる。
「たす、たすけてっノアっ!! ノアっ、ノアっ」
じたばたと手を突っぱねて、暴れてもさほどのダメージを受けてないのか、ニヤニヤしながらガリブ殿下はシエラを捕えて離さない。
気持ち悪いっ。
心の底からそう思った。
ガンッ!!
大きな音と共に扉が開かれる。
ノアが数人の近衛と思わしき男達を振り払いながら、部屋の中へと入ってきた。
「ノアっ」
ノアの姿に安堵のあまり涙が零れそうになる。
ガリブ殿下の手を逃れてノアの元へ行こうとするが、がしっと掴まれたまま身動きが取れない上に、口を大きな手でふせがれる。
「ねぇ、君、野暮ってもんじゃないかな?僕と彼女はこれからいいところなんだけど、出て行ってくれない?」
婚約者であるノアが現れても、未だシエラを離そうともせずガリブ殿下はノアに言う。
「返して頂けますか? 俺の大事な人を」
半眼になったノアは、いつもの人の良さそうな好青年というイメージが払拭されるほど怒気に満ちている。
「君にはもっといい娘を数人紹介してあげるよ。うちにはね、可愛い娘がたくさんいるんだよ。どんなのが好みなのかな? あぁ、それとも貴族にでもなりたいのかな?さすがに公爵までは無理だけど、それなりの地位はあげれると思うよ?」
ノアの声が全く聞こえないようにガリブ殿下は言う。
「返してください。」
ノアが腰の剣へと手を伸ばす。
ノアの背後にいた近衛達の気配が緊張を帯びる。
「・・・ねぇ、君。僕に剣を向けるって意味が分かってんの?
それにね、彼女にとってもいい話だと思うんだけど?
王家に嫁げるんだよ?
まさに国の頂点にいけるじゃないか。
君が彼女の幸せを願うなら身を引くべきじゃないのかな?」
クスリと笑みを浮かべつつ、ガリブ殿下が言う。
「・・シエラ様を離して頂けますか? 彼女は俺のものです。・・・戦争になったとしたら・・・俺が真っ先に貴方の首を取りに行きますよ。」
ぶわりと殺気を膨らませたノアがカチッと剣を抜き放そうとした時、ガリブ殿下がくくっ・・くくくっと笑いはじめた。
身をよじるように大笑いをはじめたガリブ殿下は、ぐぃ、と震えるシエラをノアへと押しやる。
「あは、あははっ。すごいね!
まさしく妖精の騎士様!国に喧嘩売ってでも妖精姫守るとかさすがとしか言えないよ。
しかもうちの力自慢の近衛達の制止も振り払ってくるなんて、どんだけ怪力なのさ。
妖精姫に妖精の騎士、なぁ、二人一緒でうちに来ないか? 大事にするよ?」
どうよ!?と大きく腕を広げてガルブ殿下は言う。
突然、笑いだしたガリブ殿下についていけず、茫然としているノアとシエラ。
・・妖精姫?
・・・妖精の騎士?
全くもって意味が分からない。
「もぅっ!お戯れはおやめなさいな、お兄様!
話合いをするのではなかったのですの!?
ごらんなさいな、シエラ様もノア様も困惑されてますわ!?」
駆けつけたファリハ殿下がガリブ殿下をたしなめる。
「いやだってファリハ。せっかく妖精姫に会えたんだから、ちょっと再現もしたくなるじゃないか。
隣に妖精の騎士も連れてるんだし。」
悪びれもせずにガリブ殿下は言う。
「それでも女性を泣かすなんて最低です! お兄様。」
めっと、ファリハ殿下がたしなめるが全くもって堪えた様子がないガリブ殿下。
盛大な兄妹喧嘩をはじめた二人を思考が回らない頭のまま見ていると、視界が歪んできて足に力がはいらなくなった。
「・・・・・シ・・・・・・ま・・・・・・・」
遠くでノアの声が聞こえた・・気がしたが・・・・意識が闇におちた。
隣国ザシャハール国は鉄工業が盛んで、武力に秀でている国である。
我が国の武力も弱くはないのだが、互いに交戦するとなると双方ともに多大な損失が予想される。それ故に姫との婚姻は非常に有効な手段と考えらえている。
その噂の隣国の第一王子と姫が来訪したということで、王宮で夜会が催されることとなった。
私ことシエラ・ラドシールも公爵家令嬢ということで、婚約者のノアと共に参加する事となった。
・・・宴は苦手である。
沢山の人に囲まれ話すことも・・・過去のトラウマにより王宮で食べ物を口にすることが出来ないということも苦手だと感じる一因であろう。
「シエラ殿、お久しぶりです。」
そう声をかけられて振りかえると、主賓であるザシャハール国第一王子ガリブ・ザシャハール殿下と妹姫のファリハ・ザシャハール殿下が薄桃色の酒精の入った杯を片手に近づいてきた。
「お久しぶりです。ガリブ殿下。
はじめまして、ファリハ殿下。
ラドシール公爵家長女 シエラと申します。
紹介いたしますわね、こちら、私の婚約者のノア・カーライル様です。
どうぞ私共々、どうぞよしなにお願い申し上げます。」
ニコリと微笑みつつ、腕を絡めていたノアを紹介する。
ノアもいつもの人好きのする笑顔を浮かべつつ、挨拶を交わす。
・・・ガリブ・ザシャハール殿下も苦手である。
褐色の肌に蒼天の青の瞳、白髪というザシャハール王家の特徴を見事に引き継いだ体格のいい王子は宴の度に、執拗に飲み物や食べ物を勧めてくるのだ。
やんわりと、失礼のないように断るのだが、それでもこれは美味しい、これは味がどうのと、まるで餌付けでもするかのように口に運ぼうとするので、いつも父の背に救けを求めたものである。
それにものすごく他人との距離が近い。
息のかかる距離と言えばわかるであろうか、美男子で地位もある彼が女性にそのような態度でいると、好意を持たれていると勘違いされるのではないかと心配になるのだが、そこは上手く躱しているのだろうか。もしくは、これ幸いと美味しく頂いているのかどうかは分からない。
社交辞令を交わしているガリブ殿下とノアを眺めていると、ガリブ殿下の傍らにいたファリハ殿下と目が合った。
はじめてお会いしたファリハ殿下は兄王子と同じ色彩、出るとこは出て、引っ込む所はひっこむという、女性として非常に羨ましい美女であった。
同い年だとは思えない、どうしたらこんなにも妖艶に育つのかしら?と、不躾にならないように気をつかいつつ、ついついその麗しい姿に魅入ってしまう。
つい、とファリハ殿下が手にした扇子で口元を隠すように囁きを寄越す。
-内密でご相談したいことがあります。少しお時間を頂けないでしょうか。どうか御一人で奥の個室に来てもらえませんか?-
内々では婚約が決まっているという皇太子の相談であろうか。
元婚約者である私に、なにか聞きたいことがあるのだろうと思いつつ、頷きを返す。
宴も後半になり、緩慢な空気が漂い出した頃、ファリハ殿下が目配せをしてきた。
隣にいたノアにお花を摘みに行ってきますと声をかけ、そっと会場を離れる。
部屋にたどりつくと、ファリハ殿下はまだ来てはおらず、燭台の灯りのみが揺れるばかりであった。
長椅子に身を沈めつつ、しばしの休憩をとる。
宴は苦手である。
終始刺さるような視線を感じるし、むせかえるような香水の香りも苦手だ。
幼い頃から父が極力参加しないよう、参加しても早々に帰れるよう手配しくれていたものだ。
本来ならば、人脈を広げるべく努力するべきなのだろうが、それすら出来ない自分の不甲斐なさに泣けてくる。
しばしの間、物思いに沈んでいるとカチリと音を立てて扉が開く。
ファリハ殿下、と思い腰を上げると入ってきたのはガリブ殿下ただ一人であった。
とたん脳裏で警鐘が鳴る。
まずいまずいまずい。
・・・警鐘が鳴りやまない。イヤな予感がして仕方がない。
「ファリハ殿下は・・いかがしたのでしょうか・・?」
内心の動揺が出ないよう・・願いながら問う。
「ファリハは来ないよ。美しい妖精姫に用があるのは僕の方だ。・・・用心深い妖精は絶対に一人にならないからね。ファリハに頼んだんだ。」
ニコリと無邪気に言うが、徐々に距離を詰めてくるガリブ殿下に恐怖しか感じない。
「ねぇ、シエラ殿、僕は待ったのだよ?
君とディートハルト殿の婚約がようやく解消されて・・・ようやく美しい妖精姫を攫っていけると思ったのに、隣に男を連れてくるなんて、なんて意地悪な妖精なんだろうね。」
なんとか手を逃れて、扉へ近づこうとするが、ガシリと大きな手に捕まれてヒィ、と悲鳴が出た。
「は、離して頂けますでしょうか。私には婚約者がおりますので・・・」
掴まれた腕を振りほどこうとするが、どんなに抗おうと手を放してくれない。
「シエラ殿、僕の国に行こうよ。たくさん贅沢させてあげるし、たくさん愛してあげるよ。
君の婚約者は元護衛なのだろう?そんな身分の者に君を嫁がすなんて、君の父君はなにを考えているのだろうね。
君のように美しい者は、僕のような高い身分の者に愛されるべきだと、そう思わないかい?」
なにを言っているのか分からない。
狂気を孕んだような瞳に恐怖心しか湧かない。
「ノアは・・・ノアは私の大事な者です。身分が低いとか関係ありません。
私はノアと共に生きていきたいのです。」
キッと睨みつけながら、ノアへの侮辱に抗議する。
「へぇ・・・そういう表情もできるんだ。
君はなにも食べようともしないし、本当に妖精なんじゃないかとずっと思っていたんだ。
ねぇ・・・もっと他の表情も見せてよ。」
そう言いながら引き寄せようとするのを必死に抵抗するが、力の差が大きすぎて、引きずられるようにして抱きすくめられる。
「たす、たすけてっノアっ!! ノアっ、ノアっ」
じたばたと手を突っぱねて、暴れてもさほどのダメージを受けてないのか、ニヤニヤしながらガリブ殿下はシエラを捕えて離さない。
気持ち悪いっ。
心の底からそう思った。
ガンッ!!
大きな音と共に扉が開かれる。
ノアが数人の近衛と思わしき男達を振り払いながら、部屋の中へと入ってきた。
「ノアっ」
ノアの姿に安堵のあまり涙が零れそうになる。
ガリブ殿下の手を逃れてノアの元へ行こうとするが、がしっと掴まれたまま身動きが取れない上に、口を大きな手でふせがれる。
「ねぇ、君、野暮ってもんじゃないかな?僕と彼女はこれからいいところなんだけど、出て行ってくれない?」
婚約者であるノアが現れても、未だシエラを離そうともせずガリブ殿下はノアに言う。
「返して頂けますか? 俺の大事な人を」
半眼になったノアは、いつもの人の良さそうな好青年というイメージが払拭されるほど怒気に満ちている。
「君にはもっといい娘を数人紹介してあげるよ。うちにはね、可愛い娘がたくさんいるんだよ。どんなのが好みなのかな? あぁ、それとも貴族にでもなりたいのかな?さすがに公爵までは無理だけど、それなりの地位はあげれると思うよ?」
ノアの声が全く聞こえないようにガリブ殿下は言う。
「返してください。」
ノアが腰の剣へと手を伸ばす。
ノアの背後にいた近衛達の気配が緊張を帯びる。
「・・・ねぇ、君。僕に剣を向けるって意味が分かってんの?
それにね、彼女にとってもいい話だと思うんだけど?
王家に嫁げるんだよ?
まさに国の頂点にいけるじゃないか。
君が彼女の幸せを願うなら身を引くべきじゃないのかな?」
クスリと笑みを浮かべつつ、ガリブ殿下が言う。
「・・シエラ様を離して頂けますか? 彼女は俺のものです。・・・戦争になったとしたら・・・俺が真っ先に貴方の首を取りに行きますよ。」
ぶわりと殺気を膨らませたノアがカチッと剣を抜き放そうとした時、ガリブ殿下がくくっ・・くくくっと笑いはじめた。
身をよじるように大笑いをはじめたガリブ殿下は、ぐぃ、と震えるシエラをノアへと押しやる。
「あは、あははっ。すごいね!
まさしく妖精の騎士様!国に喧嘩売ってでも妖精姫守るとかさすがとしか言えないよ。
しかもうちの力自慢の近衛達の制止も振り払ってくるなんて、どんだけ怪力なのさ。
妖精姫に妖精の騎士、なぁ、二人一緒でうちに来ないか? 大事にするよ?」
どうよ!?と大きく腕を広げてガルブ殿下は言う。
突然、笑いだしたガリブ殿下についていけず、茫然としているノアとシエラ。
・・妖精姫?
・・・妖精の騎士?
全くもって意味が分からない。
「もぅっ!お戯れはおやめなさいな、お兄様!
話合いをするのではなかったのですの!?
ごらんなさいな、シエラ様もノア様も困惑されてますわ!?」
駆けつけたファリハ殿下がガリブ殿下をたしなめる。
「いやだってファリハ。せっかく妖精姫に会えたんだから、ちょっと再現もしたくなるじゃないか。
隣に妖精の騎士も連れてるんだし。」
悪びれもせずにガリブ殿下は言う。
「それでも女性を泣かすなんて最低です! お兄様。」
めっと、ファリハ殿下がたしなめるが全くもって堪えた様子がないガリブ殿下。
盛大な兄妹喧嘩をはじめた二人を思考が回らない頭のまま見ていると、視界が歪んできて足に力がはいらなくなった。
「・・・・・シ・・・・・・ま・・・・・・・」
遠くでノアの声が聞こえた・・気がしたが・・・・意識が闇におちた。
余談
事件半年後、休校となっていた学園は開校する旨を全生徒へ通知を送るが、そのまま退学するものが後を絶たなかった。
皇太子、公爵家嫡男、公爵家令嬢と上位階級の子息子女が相次いで学園を離れた為である。
貴族階級の上位に当たる彼らと、学生時代で顔繋ぎをしようと思い描いていたにも関わらず、大した成果が得られなかったと憤慨する貴族が多数、学校へとつめかけた。
金を積めば誰でも入学できる、そういったセキュリティの甘さが今回の事件を誘発した訳でもあり、学園側は謝罪するほかなかった。
多額の寄付が出来るということは、それだけの資産があること=身分がある、という先入観故に学園は徹底した生徒の身辺調査を怠っていたのである。
それ故にアメリア・シーリスは入学できた。
今後、学園側は入念な身辺調査と共に、入学する生徒への学力試験に高い水準を設けること、並びに学園内に更なる監視体制を付けることを約束した。
元々、男子校、女子校と別々の学園で学ぶのが常であったこの時代に、共学という斬新な方針をとった学園では、夜会以外に接点のなかった貴族階級の子息子女達は、節度のある距離をとりつつ学園生活を過ごしていた。
しかしながら大抵は婚約者がいる貴族階級の彼らの間で、婚約者以外と恋に落ち、肉体関係に陥るというスキャンダルが数は少ないながらも発生していたのである。
余談終了
皇太子、公爵家嫡男、公爵家令嬢と上位階級の子息子女が相次いで学園を離れた為である。
貴族階級の上位に当たる彼らと、学生時代で顔繋ぎをしようと思い描いていたにも関わらず、大した成果が得られなかったと憤慨する貴族が多数、学校へとつめかけた。
金を積めば誰でも入学できる、そういったセキュリティの甘さが今回の事件を誘発した訳でもあり、学園側は謝罪するほかなかった。
多額の寄付が出来るということは、それだけの資産があること=身分がある、という先入観故に学園は徹底した生徒の身辺調査を怠っていたのである。
それ故にアメリア・シーリスは入学できた。
今後、学園側は入念な身辺調査と共に、入学する生徒への学力試験に高い水準を設けること、並びに学園内に更なる監視体制を付けることを約束した。
元々、男子校、女子校と別々の学園で学ぶのが常であったこの時代に、共学という斬新な方針をとった学園では、夜会以外に接点のなかった貴族階級の子息子女達は、節度のある距離をとりつつ学園生活を過ごしていた。
しかしながら大抵は婚約者がいる貴族階級の彼らの間で、婚約者以外と恋に落ち、肉体関係に陥るというスキャンダルが数は少ないながらも発生していたのである。
余談終了
とある先輩のお昼時間
「なぁ、なんで最近ディートハルト殿下はノアにくっついて仕事してんの?」
隊員の食堂で昼飯を摂りながら、隣にいた同僚に聞いてみた。
「あ?」魚のフライを口に運びつつ、同僚のサムが返事をする。
「いや、最近ずっとノアにくっついてディートハルト殿下仕事してんじゃん?皇太子様大丈夫なのかな、と思ってさ。」
うむ。今日の飯も美味い。パンが固いけど、噛みごたえがあると思えば食べられる。
「あ~・・だよなぁ。そのうち倒れるんじゃないかな?忙しすぎて普通に仕事してるヤツもぶっ倒れてるしな。」
最近あったラノアの媚薬関係者一斉逮捕後、王宮は上へ下への大騒ぎとなった。
たくさんの貴族が逮捕された為、どこもかしこも人が足りず、まさしく猫の手も借りたい状況だ。
その為、退役した軍人や文官も呼びだされて、なんとか切り盛りしているという塩梅である。
ノアも呼び出されたらしく、今までは大きな軍事演習や式典準備の際にしか参加してなかったのが、最近は連日王宮に通い詰めているらしい。
「そういやぁ、ノア。宰相の息子らしいぞ?」
サムが湯がかれた野菜にドレッシングをかけながら言う。
「ほぁ!? なにそれ、オレ聞いてないんですけど!?」
あまりにも衝撃的な言葉に、思わず食べてた鶏肉のソテーが口から落ちた。
「きったねぇなカール。遅刻するお前が悪いんだろ? しかもだな、あのシエラ嬢と婚約したってよ。ノアも報われるってもんだよな。」
うんうんと頷きながら野菜を口に運ぶ。
は!?とか、うぇ?とか言ってるオレに、サムが笑いながら教えてくれた。
部隊の朝礼でノアはカーライル宰相の息子であること、シエラ嬢との婚姻によりラドシール公爵家に一員になる予定とのこと。
公への発表として、ディートハルト殿下は事件の際、囮として他の公爵家の嫡男と共に参加されており、事件が終わったので今後は国の仕事を覚える為、軍部、執行部の仕事に携わるとのこと。
で、その仕事を教える担当がノア、ということらしい。
ディートハルト殿下が、是非に目標とさせてほしいとノアに頭を下げたそうだ。
・・・ノアと宰相が親子・・・・親子・・・え~・・顔・・・そういえば似てるかも、ニパっと笑うノアの顔を思い出しながら宰相の顔を思い出す。
いつもニコニコと笑う宰相の顔が脳裏に思い出される。
・・・親子だ・・・間違いなく親子だ・・・ものすごく納得した。うん。
笑顔で猛烈な勢いで書類をさばく宰相は、裏で微笑みキラーマシンと呼ばれている。
ノアもいつもニコニコしてる。というか楽しそうだしな。
それに、ものすごく頭良かったわ。
部隊の収支計算とかものの10分で終わらして、書類作ってたし。
書類もめちゃくちゃキッチリキレイだったんですけど・・・手馴れてると思ってたけど、執行部にも籍おいてるんだっけか。ノア。
・・・・頭の良さって遺伝するんだな。
軍部の隊員であるオレやサムに交じって泥まみれになって野山を走り回ってたから、なんだか信じられないけどさ。
それにノアがやたらとベアーとか倒したがるから、それ止めるのにいつも必死だったし。
・・・なにが熊鍋にしましょう!だよ、無駄にキラキラした笑顔しやがって。お前は大丈夫かもしれんが、こっちは死んでまうわ。
野営中に襲いかかってきた白狼を次々と一突きで殺っておいて、コレ、シエラ様にお土産にしたら喜ばれますかね?って、嬉々として毛皮剥ごうとしたのを止めたオレは褒められていいと思う。・・・まぁ、毛皮は加工されコートになって、どこぞの貴族に献上されたと聞いたけどさ。
ノアの場合、加工しないで剥いだままのを持ってく。賭けてもいい。
毎回毎回、やたらと殺った動物を土産にしようとするノアを止めて、代わりに女の子が喜びそうな土産を教えるのが、オレの役目だった。
いやだって、ベアーの頭貰って喜ぶと思うか・・深窓の令嬢が。無理無理。絶対嫌われるって。
姉や妹がいるせいで、女の子へのお土産には慣れてるオレに感謝しろノア!
「あれ?なんでそれでディートハルト殿下はノアにくっついてんのさ。ノアとシエラ様って婚約したんだろ?元婚約者と現婚約者って普通、仲悪くなるもんじゃねぇの?」
いろいろと思い出しながら、それでもふと思いついた疑問を口にする。
「そらノアが執行部でも軍部でもエースだからだろ。それにほれ、見てみろよ。」
見ればディートハルト殿下が、書類に筆を走らせながら食事をしつつ、合間にノアに質問をしている。
「ノア兄、この時期の降雨量ってなにか役にたつのか?」
ノアも机を反対側の席に座り、食事をしながら殿下の質問に答えている。
「いい質問ですね。この時期の降雨量が麦の発育に重要なんですよ。それを参考に今年の出来高を試算して配給を決めるんです。」ニコニコと笑顔で答えるノア。
・・・・ノア兄?
「なんか懐かれたらしいぞ? ラドシール公も宰相も容赦なく仕事を渡すが、誰も教えてくれんかったらしいからな。
まぁ、いくら粗相したからといって皇太子様や公爵家嫡男にでかい口でモノ教えれる人間っていないだろ。
それをノアが見かねてな~・・最愛のお嬢様を殺されかけたってのに、ほんとお人よしなのな。アイツ。
それにノアは執行部の書類だろうがなんだろうが、全部こなせる上に腕も立つからな。護衛としても丁度いいってことらしいぞ。」
へ~である。へ~・・・。
・・皇太子様はシエラ嬢に愛ってなかったんかなぁ。
政略結婚は愛が無くても金があればするもんだとは、よく耳にするけどさ。
そういえばノアが皇太子様とシエラ嬢はほとんど話をしないって言ってたし。
ふ~ん・・へ~・・・と言いつつ、なんとか昼飯を腹に収めて、仕事へと戻ろうと食器を入れたトレーを手に席を立つ。
「あっ!カール先輩!」
ノアがオレを見つけて、よく通る声で呼びかけてきた。
「よ、よぉ、元気してっか?」
やめてっ、呼ばないでよっ、前に皇太子いるんだからっ。下手に目をつけられたら恨むぞノア! と内心、冷汗をかきながら返事をする。
そんなオレに気が付くこともなく、近寄ってきたノアは言葉を続ける。
「今度また、いいお店紹介してくださいね!? よろしくお願いします!」
「あ、あぁ。家に帰ったら、妹にでも聞いとくわ。」
だ~ら、だ~らと汗が背中を伝う・・待って?シエラ嬢と結婚したらノアって、公爵様なんじゃないの?ヤバイヤバイ、んな高い身分の人になんて口きいてん の?オレ。下手したら不敬罪よ?ふぉぉぉ~~っとめちゃめちゃ混乱してると、ノアと皇太子はなにやら話をしてたようで、ディートハルト殿下がオレに声をか けてきた。
「・・・カール先輩、是非に俺にもいい店の紹介よろしくお願いします。」
なんだかやたらと気迫に満ちたディートハルト殿下に、ガシッと握手された。
「ふぉっ!?」
やべぇ・・・変な声出た。
片手に持ってたトレーを落とさなかったオレって超えらい。
「こ、こちらこそよろしくお願いします?」
・・・真っ白になったオレ。泣いていいか。
その後、いい店ってなんだ、と皆に聞かれまくりました。
オレ、泣いてもいいよね?
ところでディートハルト殿下・・ノアを目標にするのはいいけど、無理しなきゃいいけどな。
ノアの仕事量、軽く人の3倍だぜ?
軍部でもノアに武力的に勝てるのってそうそういないし・・ベアーに笑いながら立ち向かってくヤツなんて、ノア以外にオレ見たことねぇよ。
昔はラドシール家の稚児って馬鹿にする奴らもいたけど、そういやぁ、あいつら逮捕されたんだっけか。
良かったなノア。努力した分だけ報われるってマジなんだな。
くそ~・・オレも可愛い嫁さん欲しいな~。
隊員の食堂で昼飯を摂りながら、隣にいた同僚に聞いてみた。
「あ?」魚のフライを口に運びつつ、同僚のサムが返事をする。
「いや、最近ずっとノアにくっついてディートハルト殿下仕事してんじゃん?皇太子様大丈夫なのかな、と思ってさ。」
うむ。今日の飯も美味い。パンが固いけど、噛みごたえがあると思えば食べられる。
「あ~・・だよなぁ。そのうち倒れるんじゃないかな?忙しすぎて普通に仕事してるヤツもぶっ倒れてるしな。」
最近あったラノアの媚薬関係者一斉逮捕後、王宮は上へ下への大騒ぎとなった。
たくさんの貴族が逮捕された為、どこもかしこも人が足りず、まさしく猫の手も借りたい状況だ。
その為、退役した軍人や文官も呼びだされて、なんとか切り盛りしているという塩梅である。
ノアも呼び出されたらしく、今までは大きな軍事演習や式典準備の際にしか参加してなかったのが、最近は連日王宮に通い詰めているらしい。
「そういやぁ、ノア。宰相の息子らしいぞ?」
サムが湯がかれた野菜にドレッシングをかけながら言う。
「ほぁ!? なにそれ、オレ聞いてないんですけど!?」
あまりにも衝撃的な言葉に、思わず食べてた鶏肉のソテーが口から落ちた。
「きったねぇなカール。遅刻するお前が悪いんだろ? しかもだな、あのシエラ嬢と婚約したってよ。ノアも報われるってもんだよな。」
うんうんと頷きながら野菜を口に運ぶ。
は!?とか、うぇ?とか言ってるオレに、サムが笑いながら教えてくれた。
部隊の朝礼でノアはカーライル宰相の息子であること、シエラ嬢との婚姻によりラドシール公爵家に一員になる予定とのこと。
公への発表として、ディートハルト殿下は事件の際、囮として他の公爵家の嫡男と共に参加されており、事件が終わったので今後は国の仕事を覚える為、軍部、執行部の仕事に携わるとのこと。
で、その仕事を教える担当がノア、ということらしい。
ディートハルト殿下が、是非に目標とさせてほしいとノアに頭を下げたそうだ。
・・・ノアと宰相が親子・・・・親子・・・え~・・顔・・・そういえば似てるかも、ニパっと笑うノアの顔を思い出しながら宰相の顔を思い出す。
いつもニコニコと笑う宰相の顔が脳裏に思い出される。
・・・親子だ・・・間違いなく親子だ・・・ものすごく納得した。うん。
笑顔で猛烈な勢いで書類をさばく宰相は、裏で微笑みキラーマシンと呼ばれている。
ノアもいつもニコニコしてる。というか楽しそうだしな。
それに、ものすごく頭良かったわ。
部隊の収支計算とかものの10分で終わらして、書類作ってたし。
書類もめちゃくちゃキッチリキレイだったんですけど・・・手馴れてると思ってたけど、執行部にも籍おいてるんだっけか。ノア。
・・・・頭の良さって遺伝するんだな。
軍部の隊員であるオレやサムに交じって泥まみれになって野山を走り回ってたから、なんだか信じられないけどさ。
それにノアがやたらとベアーとか倒したがるから、それ止めるのにいつも必死だったし。
・・・なにが熊鍋にしましょう!だよ、無駄にキラキラした笑顔しやがって。お前は大丈夫かもしれんが、こっちは死んでまうわ。
野営中に襲いかかってきた白狼を次々と一突きで殺っておいて、コレ、シエラ様にお土産にしたら喜ばれますかね?って、嬉々として毛皮剥ごうとしたのを止めたオレは褒められていいと思う。・・・まぁ、毛皮は加工されコートになって、どこぞの貴族に献上されたと聞いたけどさ。
ノアの場合、加工しないで剥いだままのを持ってく。賭けてもいい。
毎回毎回、やたらと殺った動物を土産にしようとするノアを止めて、代わりに女の子が喜びそうな土産を教えるのが、オレの役目だった。
いやだって、ベアーの頭貰って喜ぶと思うか・・深窓の令嬢が。無理無理。絶対嫌われるって。
姉や妹がいるせいで、女の子へのお土産には慣れてるオレに感謝しろノア!
「あれ?なんでそれでディートハルト殿下はノアにくっついてんのさ。ノアとシエラ様って婚約したんだろ?元婚約者と現婚約者って普通、仲悪くなるもんじゃねぇの?」
いろいろと思い出しながら、それでもふと思いついた疑問を口にする。
「そらノアが執行部でも軍部でもエースだからだろ。それにほれ、見てみろよ。」
見ればディートハルト殿下が、書類に筆を走らせながら食事をしつつ、合間にノアに質問をしている。
「ノア兄、この時期の降雨量ってなにか役にたつのか?」
ノアも机を反対側の席に座り、食事をしながら殿下の質問に答えている。
「いい質問ですね。この時期の降雨量が麦の発育に重要なんですよ。それを参考に今年の出来高を試算して配給を決めるんです。」ニコニコと笑顔で答えるノア。
・・・・ノア兄?
「なんか懐かれたらしいぞ? ラドシール公も宰相も容赦なく仕事を渡すが、誰も教えてくれんかったらしいからな。
まぁ、いくら粗相したからといって皇太子様や公爵家嫡男にでかい口でモノ教えれる人間っていないだろ。
それをノアが見かねてな~・・最愛のお嬢様を殺されかけたってのに、ほんとお人よしなのな。アイツ。
それにノアは執行部の書類だろうがなんだろうが、全部こなせる上に腕も立つからな。護衛としても丁度いいってことらしいぞ。」
へ~である。へ~・・・。
・・皇太子様はシエラ嬢に愛ってなかったんかなぁ。
政略結婚は愛が無くても金があればするもんだとは、よく耳にするけどさ。
そういえばノアが皇太子様とシエラ嬢はほとんど話をしないって言ってたし。
ふ~ん・・へ~・・・と言いつつ、なんとか昼飯を腹に収めて、仕事へと戻ろうと食器を入れたトレーを手に席を立つ。
「あっ!カール先輩!」
ノアがオレを見つけて、よく通る声で呼びかけてきた。
「よ、よぉ、元気してっか?」
やめてっ、呼ばないでよっ、前に皇太子いるんだからっ。下手に目をつけられたら恨むぞノア! と内心、冷汗をかきながら返事をする。
そんなオレに気が付くこともなく、近寄ってきたノアは言葉を続ける。
「今度また、いいお店紹介してくださいね!? よろしくお願いします!」
「あ、あぁ。家に帰ったら、妹にでも聞いとくわ。」
だ~ら、だ~らと汗が背中を伝う・・待って?シエラ嬢と結婚したらノアって、公爵様なんじゃないの?ヤバイヤバイ、んな高い身分の人になんて口きいてん の?オレ。下手したら不敬罪よ?ふぉぉぉ~~っとめちゃめちゃ混乱してると、ノアと皇太子はなにやら話をしてたようで、ディートハルト殿下がオレに声をか けてきた。
「・・・カール先輩、是非に俺にもいい店の紹介よろしくお願いします。」
なんだかやたらと気迫に満ちたディートハルト殿下に、ガシッと握手された。
「ふぉっ!?」
やべぇ・・・変な声出た。
片手に持ってたトレーを落とさなかったオレって超えらい。
「こ、こちらこそよろしくお願いします?」
・・・真っ白になったオレ。泣いていいか。
その後、いい店ってなんだ、と皆に聞かれまくりました。
オレ、泣いてもいいよね?
ところでディートハルト殿下・・ノアを目標にするのはいいけど、無理しなきゃいいけどな。
ノアの仕事量、軽く人の3倍だぜ?
軍部でもノアに武力的に勝てるのってそうそういないし・・ベアーに笑いながら立ち向かってくヤツなんて、ノア以外にオレ見たことねぇよ。
昔はラドシール家の稚児って馬鹿にする奴らもいたけど、そういやぁ、あいつら逮捕されたんだっけか。
良かったなノア。努力した分だけ報われるってマジなんだな。
くそ~・・オレも可愛い嫁さん欲しいな~。
とあるヒロインの懺悔
「シエラ様、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
夕食の後ソファーに座り読書をしていた私に、メイド長をしているマーサが声をかけてきた。
「えぇ、いいわよ?どうかしたのです?」
読んでいた本から顔をあげてマーサに返事をする。
「実はですね・・・。」
と、マーサは言いにくそうに話をきりだしてきた。
マーサの話によると、数日前に休日をもらって外出した後からアリサの様子がおかしいらしい。
眠れないのか目の下にクマができ、食事もほとんど食べないらしく、皆が心配して声をかけるが「ごめんなさい」としか言わないのだ、と。
年齢の近いシエラなら、もしかしたら聞き出せるかと想い、失礼を承知で相談に来たそうだ。
「そうなの・・私が聞いてみるわ。後でお茶をお願いしてもいいかしら?」
そう言い、アリサの部屋へと足を運んだ。
コンコン、とノックをするが返事がない。
「アリサ? いないの?」
中でガタン、と音がする。
「・・・シエラ・・様?」
カチリ、と扉の隙間からアリサが顔を出した。
泣いていたのか・・目元が赤い。
「入ってもいい?」ニコリと微笑んで、薄暗い室内へと体を滑らす。
「え・・と・・あの・・?」
どうしてシエラが部屋にやってきたのか意図がつかめずに狼狽えるアリサに、勝手にベッドに腰掛け灯りを灯したシエラは「まぁまぁ、座りなさいよ。」と、隣をポンポンと叩きながらアリサに声をかける。
「は・・はぃ・・?」不思議そうにしながら、それでも素直に座るアリサに屋敷には慣れたか、なにか不足なものはないか、と次々と質問を投げかける。
アリサは言葉をつっかえながらも、ふわりと笑って大丈夫です、皆、優しいと返してきた。
「・・ならどうして泣いているの?」
じっと目を見て問いかけると、アリサは大きく目を開いたあと・・苦しそうに顔をしかめた。
「この前、お母さんに会いに行ったんです・・・。」
しばらくしてアリサがぽつりと話はじめた。
アリサは語る。
母が男爵の手下であったこと。
耳となり王宮で働きながら情報を流していたこと。
稀にラノアの媚薬を客に渡す役目を負っていたこと。
自分が語ったゲームの内容が悪事を働く者には予言となり、その救けとなっていたこと。
シーリス男爵は本当の父ではなく、父は職場の同僚であったこと。
投獄され、やつれ果てた母はアリサに泣きながら謝ったのだと言う。
「・・・でも、本当に悪いのは・・私ですよね・・。」
ぽたりぽたりと涙が零れ落ちる。
「私がゲームだと思ったまま、いろんなこと話しちゃったから・・・。
だから・・たくさんの人を苦しめて、たくさんの人が死んだんですよね・・・。
・・・私・・このまま生きてていいんですかね・・あの時、処刑されとけば・・ううん・・そもそも産まれてこなければよかったのに・・・。」
嗚咽を含んだ声は震え、握りしめた手は真っ白になりながらアリサは続ける。
「ごめんなさい。シエラ様。何度謝っても足りないくらい申し訳ないことしたと思ってます。本当に・・本当に・・ごめんなさい・・。」
涙でぐちゃぐちゃの頬にそっと触ると、アリサはビクリと肩を震わせる。
「・・そう・・貴女はたくさんのことを覚えていたのね・・・・でも・・ごめんなさいね。私も貴女に謝らなくてはいけないわ。」
なにを言われたのか理解できていない顔をしたアリサに微笑みかけて言葉を続ける。
「私にも前世というのかしら、記憶があるのよ。えぇと・・なんていうタイトルだったかしら・・『王子様に囲まれて』?『学園で捕まえて』?ちょっと、よく覚えてないのだけれど、そんなタイトルの乙女ゲームの世界によく似ているのよね?」
驚きのあまり、目をまんまるにしたアリサが「え・・えと『王子様に捕らわれて-花園の陰で恋唄を-』です。」と訂正を入れる。
「そうそう、そういったタイトルだったわね。
・・・前世の私ね、末期がんだったのよ。
病室で寝てるしかない私に娘がゲームを勧めてくれたわ。
お母さん、暇でしょ?これでもやりなさいって。
ふふ、家からゲーム機運んでくれてね。主人公のコ、ちょっと私に似てるでしょ?だから私が幸せになるように頑張ってよねって笑いながら説明してくれたわ。
治療の合間にやっていたわ。でも、薬でぼんやりしながらだったからあまり内容を覚えていなくて・・。かろうじて覚えてるのは名前とか、ちょっとしたストーリーくらいなものだったのよ。
だから初めはずっと夢を見てるんだと思っていたわ。
薬のせいで変な夢みてるのねって思っていたのだけど、何日たっても夢からさめなくて・・。
・・・夢じゃないと気が付いたのは、王宮で母が毒に倒れた時よ。
・・私が、もっと早く現実だと気が付けば・・母はきっと死ななかったかもしれないわ。王妃も、ノアのお母様もね。」
つぅ・・と涙が頬を伝う。
「・・・私の・・私のせいで・・・。」
カタカタと震えるアリサを抱きしめながら言う。
「貴女のせいじゃない。たとえ貴女が何を教えたにしてもね?誰かが実行しなければ事は起こらなかったのよ。
それにね?アリサ、この世界はゲームと一緒じゃないわ。」
「え?」
「貴女のお父様がシーモア男爵ではなかったと言ったじゃない。それに私は学園追放ではなく処刑台送りだったでしょう?
たぶん・・なのだけどね?
あのゲームとよく似てる世界なのだと思うわ。
歴史も住んでいる人もよく似ている。だからゲームとよく似た出来事が起きる。けど、完全に一致はしないわ。
だって、皆、意志をもってこの世界に生きているのだから。皆、自分の意志で考えて行動してるのよ?だから違って当然なのよ。」
「・・違う?」
「えぇ・・違うわ。
だから、未来なんて誰も分からないわ。
予想は出来るかもしれない。でも、それなら対策すればいいだけの事でしょう?
・・・ねぇ、アリサ。お願いだから生きてくれないかしら。
私、娘に似ている貴女に死んで欲しくないのよ。
お願いだから・・私に娘の成長した姿を見せて頂戴?」
眼を見てゆっくりと話すと、アリサは大粒の涙をこぼしながら言う。
「い、生きてていいんですかね・・私。」
「えぇ、お願いだから生きて頂戴?
娘にシフォンケーキの焼き方を教える約束をしていたの・・でも、叶えられなかったわ。
代わりに叶えてもらえないかしら? アリサ。」
嗚咽を噛みしめて泣くアリサの背をポンポンと叩いたあと、スッと立ちあがり扉に近づく。
「それにね?貴女のことを心配している人はたくさんいるのよ?」
カチリと扉を開くと、そこに数人のメイドやお茶の配膳を持ったマーサが心配げにたたずんでいた。
「だから元気だして、いつもの笑顔を見せて頂戴?」
メイド達がアリサに話しかけるのを聴きながら、後はお願いね?とマーサに声をかけ、玄関へと急ぐ。父とノアが帰ってきたようで、なにやら騒がしい声が聞こえる。
私の居場所。
そう、彼女にも心から思える場所がいつか出来るといい・・そう思いながら。
夕食の後ソファーに座り読書をしていた私に、メイド長をしているマーサが声をかけてきた。
「えぇ、いいわよ?どうかしたのです?」
読んでいた本から顔をあげてマーサに返事をする。
「実はですね・・・。」
と、マーサは言いにくそうに話をきりだしてきた。
マーサの話によると、数日前に休日をもらって外出した後からアリサの様子がおかしいらしい。
眠れないのか目の下にクマができ、食事もほとんど食べないらしく、皆が心配して声をかけるが「ごめんなさい」としか言わないのだ、と。
年齢の近いシエラなら、もしかしたら聞き出せるかと想い、失礼を承知で相談に来たそうだ。
「そうなの・・私が聞いてみるわ。後でお茶をお願いしてもいいかしら?」
そう言い、アリサの部屋へと足を運んだ。
コンコン、とノックをするが返事がない。
「アリサ? いないの?」
中でガタン、と音がする。
「・・・シエラ・・様?」
カチリ、と扉の隙間からアリサが顔を出した。
泣いていたのか・・目元が赤い。
「入ってもいい?」ニコリと微笑んで、薄暗い室内へと体を滑らす。
「え・・と・・あの・・?」
どうしてシエラが部屋にやってきたのか意図がつかめずに狼狽えるアリサに、勝手にベッドに腰掛け灯りを灯したシエラは「まぁまぁ、座りなさいよ。」と、隣をポンポンと叩きながらアリサに声をかける。
「は・・はぃ・・?」不思議そうにしながら、それでも素直に座るアリサに屋敷には慣れたか、なにか不足なものはないか、と次々と質問を投げかける。
アリサは言葉をつっかえながらも、ふわりと笑って大丈夫です、皆、優しいと返してきた。
「・・ならどうして泣いているの?」
じっと目を見て問いかけると、アリサは大きく目を開いたあと・・苦しそうに顔をしかめた。
「この前、お母さんに会いに行ったんです・・・。」
しばらくしてアリサがぽつりと話はじめた。
アリサは語る。
母が男爵の手下であったこと。
耳となり王宮で働きながら情報を流していたこと。
稀にラノアの媚薬を客に渡す役目を負っていたこと。
自分が語ったゲームの内容が悪事を働く者には予言となり、その救けとなっていたこと。
シーリス男爵は本当の父ではなく、父は職場の同僚であったこと。
投獄され、やつれ果てた母はアリサに泣きながら謝ったのだと言う。
「・・・でも、本当に悪いのは・・私ですよね・・。」
ぽたりぽたりと涙が零れ落ちる。
「私がゲームだと思ったまま、いろんなこと話しちゃったから・・・。
だから・・たくさんの人を苦しめて、たくさんの人が死んだんですよね・・・。
・・・私・・このまま生きてていいんですかね・・あの時、処刑されとけば・・ううん・・そもそも産まれてこなければよかったのに・・・。」
嗚咽を含んだ声は震え、握りしめた手は真っ白になりながらアリサは続ける。
「ごめんなさい。シエラ様。何度謝っても足りないくらい申し訳ないことしたと思ってます。本当に・・本当に・・ごめんなさい・・。」
涙でぐちゃぐちゃの頬にそっと触ると、アリサはビクリと肩を震わせる。
「・・そう・・貴女はたくさんのことを覚えていたのね・・・・でも・・ごめんなさいね。私も貴女に謝らなくてはいけないわ。」
なにを言われたのか理解できていない顔をしたアリサに微笑みかけて言葉を続ける。
「私にも前世というのかしら、記憶があるのよ。えぇと・・なんていうタイトルだったかしら・・『王子様に囲まれて』?『学園で捕まえて』?ちょっと、よく覚えてないのだけれど、そんなタイトルの乙女ゲームの世界によく似ているのよね?」
驚きのあまり、目をまんまるにしたアリサが「え・・えと『王子様に捕らわれて-花園の陰で恋唄を-』です。」と訂正を入れる。
「そうそう、そういったタイトルだったわね。
・・・前世の私ね、末期がんだったのよ。
病室で寝てるしかない私に娘がゲームを勧めてくれたわ。
お母さん、暇でしょ?これでもやりなさいって。
ふふ、家からゲーム機運んでくれてね。主人公のコ、ちょっと私に似てるでしょ?だから私が幸せになるように頑張ってよねって笑いながら説明してくれたわ。
治療の合間にやっていたわ。でも、薬でぼんやりしながらだったからあまり内容を覚えていなくて・・。かろうじて覚えてるのは名前とか、ちょっとしたストーリーくらいなものだったのよ。
だから初めはずっと夢を見てるんだと思っていたわ。
薬のせいで変な夢みてるのねって思っていたのだけど、何日たっても夢からさめなくて・・。
・・・夢じゃないと気が付いたのは、王宮で母が毒に倒れた時よ。
・・私が、もっと早く現実だと気が付けば・・母はきっと死ななかったかもしれないわ。王妃も、ノアのお母様もね。」
つぅ・・と涙が頬を伝う。
「・・・私の・・私のせいで・・・。」
カタカタと震えるアリサを抱きしめながら言う。
「貴女のせいじゃない。たとえ貴女が何を教えたにしてもね?誰かが実行しなければ事は起こらなかったのよ。
それにね?アリサ、この世界はゲームと一緒じゃないわ。」
「え?」
「貴女のお父様がシーモア男爵ではなかったと言ったじゃない。それに私は学園追放ではなく処刑台送りだったでしょう?
たぶん・・なのだけどね?
あのゲームとよく似てる世界なのだと思うわ。
歴史も住んでいる人もよく似ている。だからゲームとよく似た出来事が起きる。けど、完全に一致はしないわ。
だって、皆、意志をもってこの世界に生きているのだから。皆、自分の意志で考えて行動してるのよ?だから違って当然なのよ。」
「・・違う?」
「えぇ・・違うわ。
だから、未来なんて誰も分からないわ。
予想は出来るかもしれない。でも、それなら対策すればいいだけの事でしょう?
・・・ねぇ、アリサ。お願いだから生きてくれないかしら。
私、娘に似ている貴女に死んで欲しくないのよ。
お願いだから・・私に娘の成長した姿を見せて頂戴?」
眼を見てゆっくりと話すと、アリサは大粒の涙をこぼしながら言う。
「い、生きてていいんですかね・・私。」
「えぇ、お願いだから生きて頂戴?
娘にシフォンケーキの焼き方を教える約束をしていたの・・でも、叶えられなかったわ。
代わりに叶えてもらえないかしら? アリサ。」
嗚咽を噛みしめて泣くアリサの背をポンポンと叩いたあと、スッと立ちあがり扉に近づく。
「それにね?貴女のことを心配している人はたくさんいるのよ?」
カチリと扉を開くと、そこに数人のメイドやお茶の配膳を持ったマーサが心配げにたたずんでいた。
「だから元気だして、いつもの笑顔を見せて頂戴?」
メイド達がアリサに話しかけるのを聴きながら、後はお願いね?とマーサに声をかけ、玄関へと急ぐ。父とノアが帰ってきたようで、なにやら騒がしい声が聞こえる。
私の居場所。
そう、彼女にも心から思える場所がいつか出来るといい・・そう思いながら。
とある皇太子の悔恨
「俺はアメリア以外と結婚しない!!」
バンッと音を立てて、釣書の束を宰相の机に叩きつける。
怒りに顔を上気させる皇太子に宰相はニコニコと声をかける。
「や、それは無理ですよ?」
「なぜだっ!」声を荒げて皇太子は問う。
「なぜ?」不思議そうに宰相は首をかしげる。
「彼女は処刑された人間です。
新しい名を与えられても過去を知る者は彼女の顔も罪も覚えています。
罪人を王宮に入れることは出来ません。」
「罪人などではない!あれは父親に利用されただけのことだ。彼女に罪はない」
と皇太子。
「それでもシエラ嬢を陥れたのは彼女です。
無実の公爵令嬢を処刑台へと送った罪は免れません。」
淡々と宰相は言う。
「それなら俺も同罪だろう!?」
「貴方は皇太子という身分故にその罪を軽減されました。被害者であるシエラ嬢の恩情願いも大きいです。」
「それでも!」
皇太子はなおも食い下がる。
「くどい」
廊下にまで聞こえていた騒ぎに、会話の内容を把握したラドシール公爵が、扉を開きながら皇太子の言葉をぶった切る。
「殿下には然るべき身分の女性を娶って頂きます。それが殿下の義務であり役割です。」
静かな声で告げるラドシール公爵。
「そんな役割など望んでいないっ」
「望む、望まないなど関係ないのですよ。貴方の衣食住すべて、国民が汗水たらして納めて出来た血税で賄われています。
貴方はその国民の為に役立たねばならないのです。
婚姻による国の利益や安定は、貴方が産まれて育った意味であり、義務です。
貴方はいったいこれまで何を学んでいたのですか・・。」
ため息をつきつつ宰相が声をかける。
「それなら・・シエラ嬢はどうなるっ・・・彼女はノア兄と婚約したじゃないか。愛する者同士で結婚できるじゃないか。」
うなだれ、声を震わせながら皇太子は言う。
「ノアは公爵家を継ぐという役を負います。
その為に私みずから教育しました。また、ノアも私の期待以上に成長してくれました。
能力的にも、身分的にもノアではダメだと異議を唱えられる者は少ないでしょうし、
シエルの嫁ぎ先候補として筆頭であった殿下や他の公爵家はアメリア・シーリスの件で文句は言えないでしょう。」
「・・・アメリアの件がなければ俺とシエラ嬢は結婚していたのだろう?ノア兄との結婚なんて無理じゃないか・・・。」うなだれたままに言う皇太子。
「それはないですね。」
しれっと答える宰相。
よほど予想外の答えだったのか、ぽかんと口を開けて固まる皇太子に、宰相は言葉を続ける。
「国王とは幼少期にすでに話はついているのですよ。貴方とシエラ嬢の婚姻はあくまで名目上。王妃毒殺事件後、シエラ嬢は滅多に王宮に来なくなったでしょう?
シエラ嬢、王宮に来るとですね、2~3日、食事が摂れなくなるそうなんですよ。」
「え!?」口を開けたまま間抜けな声を上げる皇太子。
「あの事件がトラウマになったのだろう・・・シエラは王宮に来るたびに食べれなくなる。そんな娘が王宮で暮らしていけると思いますか?」
娘のことを苦々しげに語るラドシール公爵。
「そんなこと一度も聞いたことないぞ・・・。」
「そんな弱み晒せるわけないじゃないですか。
貴方がもっとシエラ嬢と話していれば、もしかしたら教えてくれてたかもしれませんけどね。一応、名目上は婚約者だったのですし。」
さらりと言う宰相。
うなだれるしかない皇太子に宰相は言葉を続ける。
「シエラ嬢を婚約者としていた理由ですが、貴方の婚約者という立場を巡って各家の争いが起こることを恐れた為です。
現在、貴方の婚約者の席が空いたということで、ちらほらと騒動が起きている現状です。
穏健派の貴族ですらそうなのですよ?
処分した過激派の貴族達ならどうでしょうかね?令嬢の1人や2人、闇に消される可能性が非常に高かったのです。あの頃、水面下での足の引っ張り合いのえげつなさは、とてもじゃないですが酷いものでした。
だからこそ公爵家令嬢であるシエラ嬢との婚約は解消されませんでした。
貴方がたが適齢期になったら、婚約を解消し、隣国の姫を皇太子妃として迎える予定でした。その際、貴方に愛する方がいれば、側室の1人として迎えることも可能だったかもしれません。」
がばりと顔を上げる皇太子。
「あくまで仮定の話ですよ。今ではとてもじゃありませんが、その手段は取れません。」
「・・・俺の・・・俺のせいなのか・・・?」
「そうですね。貴方が貴族達の口車にのってシエラ嬢を処刑台へ送らなければ、叶えられたかもしれない未来です。」
黙り込んだ皇太子にラドシール公爵は声をかける。
「諦められないのですか。」
書類を手に立ち上がりつつ、ラドシール公爵は言う。
「諦められないなら足掻くといい・・・その為にどのような代償でも払う覚悟があるのなら。」
そう言い残して、部屋を出て行ってしまった。
バンッと音を立てて、釣書の束を宰相の机に叩きつける。
怒りに顔を上気させる皇太子に宰相はニコニコと声をかける。
「や、それは無理ですよ?」
「なぜだっ!」声を荒げて皇太子は問う。
「なぜ?」不思議そうに宰相は首をかしげる。
「彼女は処刑された人間です。
新しい名を与えられても過去を知る者は彼女の顔も罪も覚えています。
罪人を王宮に入れることは出来ません。」
「罪人などではない!あれは父親に利用されただけのことだ。彼女に罪はない」
と皇太子。
「それでもシエラ嬢を陥れたのは彼女です。
無実の公爵令嬢を処刑台へと送った罪は免れません。」
淡々と宰相は言う。
「それなら俺も同罪だろう!?」
「貴方は皇太子という身分故にその罪を軽減されました。被害者であるシエラ嬢の恩情願いも大きいです。」
「それでも!」
皇太子はなおも食い下がる。
「くどい」
廊下にまで聞こえていた騒ぎに、会話の内容を把握したラドシール公爵が、扉を開きながら皇太子の言葉をぶった切る。
「殿下には然るべき身分の女性を娶って頂きます。それが殿下の義務であり役割です。」
静かな声で告げるラドシール公爵。
「そんな役割など望んでいないっ」
「望む、望まないなど関係ないのですよ。貴方の衣食住すべて、国民が汗水たらして納めて出来た血税で賄われています。
貴方はその国民の為に役立たねばならないのです。
婚姻による国の利益や安定は、貴方が産まれて育った意味であり、義務です。
貴方はいったいこれまで何を学んでいたのですか・・。」
ため息をつきつつ宰相が声をかける。
「それなら・・シエラ嬢はどうなるっ・・・彼女はノア兄と婚約したじゃないか。愛する者同士で結婚できるじゃないか。」
うなだれ、声を震わせながら皇太子は言う。
「ノアは公爵家を継ぐという役を負います。
その為に私みずから教育しました。また、ノアも私の期待以上に成長してくれました。
能力的にも、身分的にもノアではダメだと異議を唱えられる者は少ないでしょうし、
シエルの嫁ぎ先候補として筆頭であった殿下や他の公爵家はアメリア・シーリスの件で文句は言えないでしょう。」
「・・・アメリアの件がなければ俺とシエラ嬢は結婚していたのだろう?ノア兄との結婚なんて無理じゃないか・・・。」うなだれたままに言う皇太子。
「それはないですね。」
しれっと答える宰相。
よほど予想外の答えだったのか、ぽかんと口を開けて固まる皇太子に、宰相は言葉を続ける。
「国王とは幼少期にすでに話はついているのですよ。貴方とシエラ嬢の婚姻はあくまで名目上。王妃毒殺事件後、シエラ嬢は滅多に王宮に来なくなったでしょう?
シエラ嬢、王宮に来るとですね、2~3日、食事が摂れなくなるそうなんですよ。」
「え!?」口を開けたまま間抜けな声を上げる皇太子。
「あの事件がトラウマになったのだろう・・・シエラは王宮に来るたびに食べれなくなる。そんな娘が王宮で暮らしていけると思いますか?」
娘のことを苦々しげに語るラドシール公爵。
「そんなこと一度も聞いたことないぞ・・・。」
「そんな弱み晒せるわけないじゃないですか。
貴方がもっとシエラ嬢と話していれば、もしかしたら教えてくれてたかもしれませんけどね。一応、名目上は婚約者だったのですし。」
さらりと言う宰相。
うなだれるしかない皇太子に宰相は言葉を続ける。
「シエラ嬢を婚約者としていた理由ですが、貴方の婚約者という立場を巡って各家の争いが起こることを恐れた為です。
現在、貴方の婚約者の席が空いたということで、ちらほらと騒動が起きている現状です。
穏健派の貴族ですらそうなのですよ?
処分した過激派の貴族達ならどうでしょうかね?令嬢の1人や2人、闇に消される可能性が非常に高かったのです。あの頃、水面下での足の引っ張り合いのえげつなさは、とてもじゃないですが酷いものでした。
だからこそ公爵家令嬢であるシエラ嬢との婚約は解消されませんでした。
貴方がたが適齢期になったら、婚約を解消し、隣国の姫を皇太子妃として迎える予定でした。その際、貴方に愛する方がいれば、側室の1人として迎えることも可能だったかもしれません。」
がばりと顔を上げる皇太子。
「あくまで仮定の話ですよ。今ではとてもじゃありませんが、その手段は取れません。」
「・・・俺の・・・俺のせいなのか・・・?」
「そうですね。貴方が貴族達の口車にのってシエラ嬢を処刑台へ送らなければ、叶えられたかもしれない未来です。」
黙り込んだ皇太子にラドシール公爵は声をかける。
「諦められないのですか。」
書類を手に立ち上がりつつ、ラドシール公爵は言う。
「諦められないなら足掻くといい・・・その為にどのような代償でも払う覚悟があるのなら。」
そう言い残して、部屋を出て行ってしまった。
プロフィール
HN:
塩飴
性別:
非公開
自己紹介:
日々、仕事と家事に追われながら趣味を増やそうと画策するネコ好き。
小説とイラストを置いております。
著作権は放棄しておりませんので、無断転載はしないでください。
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