処刑台から飛び降りた後、あまり記憶がない。
ノアにしがみついて泣いているうちに寝てしまったようで、自室のベットの上で目を覚ましたのは翌日の陽の高い時間であった。
目を覚ました。と、知らせを受けたノアや父、屋敷の皆が顔を出し、無事を祝ってくれた。
そのことにまた泣いてしまったのだけど。
この世界に私は生きていいのだ。
そう、心から思えた。
事のあらましを説明されるにつれ、ヒロインであるアメリア・シーリスや皇太子、公爵家嫡男達の事が心配になった。
アメリア・シーリスは逮捕され、留置所に入れられている。
父に頼んで会いに行くと、えぐえぐと泣きながら謝ってきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。シナリオでは学園追放だと思ってたの。
処刑になるとか思ってもいなかったの。
お父さんに言われて、逆ハーレム作くんなくきゃいけなかったんだけど、でも、こんなになるとは思ってもいなかったの。
ごめんなさい。ごめんない。
もぅ私、どうしていいのか分かんなくなっちゃって、お父さんからの指示まってたんだけど、来ないし、ほんと、どうしていいか分かんないうちに、シエラ様の処刑の日になっちゃうし。
シエラ様、無事でよかったよぅ。」
と言って、わんわん泣き続けた。
帰りの馬車の中で、終始無言だった父が「あの時のシエラと同じだな。」とつぶやいた。
「えっ」と、驚いて父を見ると、父はひとつため息をついて口を開いた。
「お前もアリアエルが殺された時、あの娘とそっくり同じことを言っていた。シナリオだの、ゲームだのと、訳の分からないことをな。
知っていたけど、こんなに早くそれが来るなんて知らなかった。ごめんなさいと号泣していたぞ。」
だんだんと血の気が引いていく私の頬を撫でながら父は、更に口を開く。
「なんだ、覚えてないのか。ならもう一度言っておこうか。
お前がなにを知っているのか知らんが、それでも、この世界で物事を動かすのは、ここで生きて、動いてるいる人間だ。
予言だろうがなんだろうが、誰かが行動を起こさんことにはなしえないことだ。
お前に責任なんてものはない。
それにな?お前が前世で誰に嫁いで子をなしたが知らんが、今は私の娘だ。
まだ嫁にもやらんし、勝手に処刑にもさせはせんぞ?
・・・・・処刑の前に、ちゃんと、これは捕縛作戦だから絶対に助ける、安心しろと伝えたはずだが・・・・その顔は・・・聞いていなかったな?」
こくこくと頷く私に、
「昔から泣きはじめると人の話を聞かなくなったが・・・まぁいい。お前が無事でなによりだよ。」
と言って額にキスを落とした。
皇太子及び公爵家嫡男達の処罰は各家での判断となるらしいが、廃嫡は免れないだろうと言う。
仕方ない・・とはいえ、十代の未成年でもある彼らにその処置は重いのではないかと言うと、父は笑って「シエルは優しいな。」と言って頭を撫でるばかりで取りつく島もない。
玄関が騒がしいので屋敷の者に聞いてみると、公爵家からは謝罪をしたいという申し出や、謝罪の品が連日山のように来ているが、父が全て拒否しているらしい。
窓から覗くと、皇太子や公爵家嫡男達が必死にうちの執事に面会を乞うのが見えた・・・目の下に隈を作り、やつれた姿に憐憫の情がわく。
恩情を与えてください。
聞く耳を持たない父を何日も何日も、父を捕まえては説得し、懇願し、どうにか恩情を与えてくれるよう約束することが出来た。
・・・確約を取らないと、父は確実に彼らを破滅へと追いやるであろうことは、容易に想像できたのだ。
皇太子との婚約は気がつけば解消されていて、代わりにノアとの婚約がされたと聞き、驚きと羞恥で自分でも何を言ったか覚えていない。
正直、自分の処刑を望んだ男と、円満な結婚生活がおくれるとは思えなかったので安心した。
・・・ノア・・と・・共に将来を歩んで行く、と思うだけで、、嬉しさと恥ずかしさで顔が真っ赤になり・・どうしていいのか分からなくなる。
今はまだノアの顔を見れそうにない、というか・・・ノアが忙しくて顔も見れない。
私の処刑の際、大規模な捕縛劇を決行した父と宰相は数多くの者を逮捕した。
逮捕者の多くは貴族であり、その穴を埋めるべく、ノアは王宮に駆り出されているらしい。
その際、はじめて知らされたのだが、ノアの本名はノア・カーライル。
現宰相アルベルト・カーライルの子息であるという。
アルベルト・カーライルはその苛烈、且つ強かな手腕を持って宰相にまでなったはいいが、敵が多く、常に刺客に狙われていた為、ノアを手元で育てることを断念。
友人である父にノアを託したとの事だった。
・・・託した、のはいいのだが、父はノアの教育に一切の妥協をせず、容赦が無かった、と記憶している。
ある時は騎士団に放り込み、ある時は視察団に放り込む、等など・・思い返せば常にボロボロなノアの姿しかない。
それでもニコニコと土産を持って帰ってくるノアが、褒めて褒めてと尻尾を振るゴールデンレトリーバーにしか見えず、私は苦笑しつつ労をねぎらっていたものだ。
あの苦労を重ねたノアなら、きっと・・・たぶん、大丈夫であろう。
・・・大丈夫であると信じたい。
父は恩情をかけてくれた。
アメリアの父であるシーリス男爵、その他、罪が重いと判断された多数の貴族は公開処刑となり、後にラノアの事変と呼ばれる事になる。